やわらかな線の向こうに  - 荒井彩乃 -

神奈川県横浜市で作陶されている荒井彩乃さんは、華やかな草花模様から愛らしいアヒルのモチーフまで、多彩な世界観の器を制作しています。

荒井彩乃

化粧土を巧みに操りながら描かれる模様は、まるで風に揺れる草花のようにのびやかで、生命の息づかいを感じさせます。そこには、伝統の技に新たな感性を吹き込もうとする静かな情熱が宿っています。

「昔からものづくりや絵を描くことが好きで、武蔵野美術大学でさまざまな工芸を学ぶうちに、土が自分の思い描くものを最も形にできる素材だと感じました。」そう陶芸との出会いを教えてくれた荒井さん。

ヨーロッパの古い時代からある装飾技法「スリップウェア」と出会ったのは、大学4年生の卒業制作のとき。図書館でふと手に取った一冊の本の中にあった器たちの姿に心を奪われ、そのあたたかみと、土の中に流れるような柔らかい線の美しさに惹かれます。

はじめは思うように描けず模様が崩れてしまうこともしばしば。流動的な化粧土の扱いは難しく、息を詰めるような集中の中で、少しずつ手がその感覚を覚えていきました。ただ、格子やフェザーコームといった伝統的な模様を再現できるようになったとき「これは自分の作品と呼べるのだろうか。」という問いが心に浮かびます。

そこでもともと植物を描くことが好きだった荒井さんは、スリップウェアという技法で、自分らしい花や草木の表現を模索し始めました。何度も失敗を重ねながらも「どうしても挑戦したい」という強い想いを支えに、土と向き合い続けたその手が、やがて唯一無二の草花模様を描き出すようになります。



今では、化粧土の流れに任せながらも確かな意志をもって道具を用い、しなやかで生き生きとした表情の植物たちを生み出しています。

荒井彩乃

次の転機となったのは、大学の先輩でもある飯野夏実さんのアシスタントとしての経験でした。

「もし飯野さんに出会っていなければ、絵付けの作品やアヒルシリーズは生まれていなかったと思います。」と荒井さん。

飯野さんのもとで絵付けや和紙染めの技法を学ぶ中で、これまでのスリップウェアとは異なる表現の広がりを感じたといいます。自由に制作を行った際、にじむ色の重なりの中に、これまでにない新鮮な感動を覚えたそうです。

「この技法なら、スリップウェアでは描けない植物模様が表現できるかもしれない。」

その小さな発見が、荒井さんの作品世界をさらに豊かにしていきました。和紙染めのうつわには、淡い光を透かしたようなやさしさがあり、草花がそっと息づくような穏やかな景色が広がっています。



和紙染めで描かれたお花いっぱいの池の中を泳いでいるようなアヒル。このとぼけた表情もたまりません!



「器は買って終わり、見て終わるものではなく、日々使い続けることで少しずつ深みが増していきます。使う人によって育ち、変化していくところが本当に面白いと思うんです。」

荒井さんの器は、まさにその言葉のとおり、使うほどに光を含み表情を変えながら、持ち主の暮らしに寄り添っていきます。それはまるで、日々の小さな出来事や季節の移ろいを静かにそっと記憶していくようです。



荒井さんの横浜の工房を訪ねました!


千葉から地元横浜に戻り、新しい工房を構えた荒井さん。早速お邪魔させていただきました。


きちんと整えられた工房は、整然としながらもあたたかな空気が流れ、作業のしやすさと心地良い雰囲気。

荒井彩乃

道具ひとつひとつが大切に扱われ、ものづくりへの丁寧な姿勢がその空間全体から伝わってきました。

荒井彩乃
新調した窯もまだピカピカ。これからこの窯でどんな素敵なものが作られるのでしょう。楽しみですね!

荒井彩乃

制作では、まず頭の中で生まれたイメージを紙に描き出し、そこからうつわに合いそうな形や模様を選んで描いていくそうです。自由な発想の中から立ち上がるその線は、まるで夢の断片を掬い上げたよう。心の中にひっそりと咲く花の姿を、土の上にそっと移しとめているようでもあります。

今後は、食器だけでなく、壁掛けやミラー、時計など、より大きな作品にも挑戦してみたいとのこと。

「まだ構造を研究中ですが、形にできたらきっと新しい景色が見えると思います。」

その言葉の奥には、ものづくりへの飽くなき探求心と、静かな情熱が感じられます。手のひらに宿るやさしいぬくもりと、そこに描かれた草花の穏やかな息づかい。荒井さんのうつわは、時を重ねるほどに愛おしさを増し、暮らしのなかで静かに輝き続けます。

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