鎌倉の住宅街に佇むどこか懐かしさの残る一軒の古民家。豊田麗さんは、やわらかな光の差し込むその空間で、今日も静かに土と向き合っています。

「陶芸を始めたきっかけは、ただ “泥んこの感触が好きだった” からです。また、言葉のいらない表現の手段として手に職をつけたかったこともあります。けれど、始めてから分かったことは『間口も広いが奥も深い』。いつまで経っても未知の世界です。」
小さなころから、ジョアン・ミロの絵が好きだった豊田さん。大学ではスペイン語を専攻し、留学時代に両親の友人を通じて出会ったのが、ジュアン・ガルディ・アルティガス氏の工房でした。
工房の創設者でもあるジュゼップ・リュレンス・アルティガス氏は、日本の陶芸にも造詣が深く、「民藝運動」の中心的な陶芸家・浜田庄司とも親交のあった人物。その父とともに、若いころからミロや他のアーティストたちと作品を生み出してきたその工房は、今も世界中から作り手が集う創造の場となっています。
「バルセロナ郊外のちいさな村にある工房は、11世紀から残る建物もあったり、明るい光に包まれた空間で、アートを生み出す人々が集う...本当に夢のような場所でした。」
大学卒業後、産地・瀬戸で陶芸の基礎を学び、その後地元鎌倉に戻って希望の仕事に就きます。けれど、多忙な日々のなかで体調を崩してしまい、しばらく陶芸から離れることに。
そんな折、陶芸に区切りをつけるために訪れたスペインの旅から帰った直後、憧れていたアルティガス工房でのアシスタント募集の知らせが舞い込んできます。
「バルセロナでは、’’主に器というより美術作品としての陶をつくる工房’’でのアシスタントをしていました。それが、今も続けてこられた大きなきっかけになりました。」
スペイン (バルセロナ)は、良くも悪くも個性がはみ出している。人々は主張し、感情を惜しみなく表現し、声をあげる。日本で育った自分には、少し眩しくもあり、どこか息を呑むような熱気...。けれどその自由さと活気こそが、豊田さんにとって大きな刺激となり、新たな創作の息吹を与えてくれたといいます。
日本の静けさと、スペインの熱。
その両方を知る彼女のうつわには、静寂の奥に確かな生命の鼓動が宿っているようです。
工房の中は、落ち着きのある和の空間。穏やかな時間がゆるやかに流れていました。
手にした瞬間から、使い終えて棚に戻すまで。うつわが暮らしの流れに寄り添い、使う人の手の中で穏やかに息づいてほしい。豊田さんのものづくりは、そんな願いから生まれます。
代表作〈アルボレス〉シリーズは、木肌を思わせるやわらかな質感が印象的です。草花がもっとも自然に馴染むかたちを探すうちに生まれたこのシリーズには、鎌倉の山道や、心の風景として残るバルセロナのモンセインの山々が重なっています。


草花、木々、風、海、雲、そして夕焼け。母なる自然(Mother Nature)から受け取ったかたちと色を、そっと土の中に封じ込めて。まるで自然の呼吸を写し取るように、豊田さんは土を触り、かたちを見つけていきます。
手のひらにおさまる小さなうつわの中で、今日も自然の記憶が、やさしく息づいているようです。
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