土に触れ、かたちを生み、炎に委ねる。制作は静かな対話から始まり、作品にそっと命が宿ります。そして、時を生き抜いた記憶を静かに抱え、触れるたびに過去と現在がそっと重なり合うアンティークのようになっていく...。阿部さんのうつわは、そんな長い物語が始まる予感を感じさせます。

陶芸との出会いは、大学時代にふと足を踏み入れたサークルでした。偶然とも言えるその時に手渡された土が、気づけば人生の重心となります。夢中で向き合ううちに大学生活は七年目へ。阿部さんにとって、寄り道のようでいて、どの時間も欠かせない助走だったのでしょう。
卒業後は、土と炎の土地でもある茨城県笠間市へ移り陶芸を学び、そして工房を構えます。
「大切にしていることはシンプルに丁寧さを尽くすこと。AとBのふたつの方法があった場合、基本的には面倒なほうを選ぶようにしています。」
効率や近道とは少し距離を置き、あえて手間のかかる工程を選び取る。その一つひとつの選択が、器の奥行きとなり、佇まいの静けさとなって現れます。シンプルであることは、決して簡単なことではない...そのことを、器たちは雄弁に物語っているようです。
布の紋様を思わせるリズム、繰り返しの中に生まれるわずかな揺らぎ。ヨーロッパの古陶に着想を得たフォルムは、時代を超えた記憶を宿しながら、そこに描かれる柄はどこか現代的で、凛とした空気をまとっています。削ぎ落とされた形に、迷いなく描き込まれる線と色。そのコントラストが、器に確かな存在感を与えています。

代表作でもあるレモンのモチーフの源にあるのは、作り手自身の原風景。
「絵付けのモチーフは無数にありますが、なにか自分のルーツにつながるようなものがいいなと考えていました。」
ふるさとの瀬戸内の実家に帰省した際に見つけた、オリーブの木や海風にさらされながら実るレモン。いつも当たり前に目にしていたその素朴で力強い景色を、器の上にそっと移すことにしました。
どこか懐かしさと新しさが同居する絵柄は、使う人それぞれの記憶とも重なり、食卓にささやかな物語を連れてきてくれるようです。
この器を使う時間は、特別でなくていい。朝の光の中でパンをのせる、夕暮れにスープを注ぐ...そんな何気ない瞬間が少しだけ深く、そして豊かになる。暮らしの輪郭をそっと整え、静かな詩情が滲むひとときに、そっと導いてくれることでしょう。
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